餃子?

今日のクラスでは文法も勉強したけど、ParentとSchoolそれぞれ2人ずつのグループに分かれて学校選びのゲームもした。Schoolに割り当てられた者は、カリキュラムなどに特徴をもたせ私立の学校として両親にアピールし、Parentが当たった者は自分の(子供の)条件にあうところを選ぶわけだ。私はSchool側にあたり、日本人のパートナーと学校の特徴を話し合う。例えば『通常のカリキュラムが終わったあとのClub活動が充実していて、Swimming Clubでは元オリンピックチームのメンバーをコーチに呼ぶ』とか、『Reading Clubもあって、図書館の本が新しい版で種類も充実している』とか。こういう「振りをする」のには燃えやすいタイプの私は、生徒獲得のために(自分でもびっくりするほど?)一生懸命にアピールしてたりして...。すると、パートナーの彼女は、実は今日初めてこのクラスに割り当てられた人だったので初対面なのだが、私が『中国人』だと思っていたようで、逆に私もおっどろいちまいました。もちろんメキシコとかスペインとかの人種には絶対見えないわけだから、「中国人」か「韓国人」に思われるのはある意味当然ではあるのだけど、日本人に日本人だと思わなかったと言われた日にゃ、複雑だよ、ホント。


クラスが終わった後の雑談。このESLクラスは入るのにテストはあるし順番待ちだ。でも、いたければいつまでも居られると思っていた。Advanced HighからLowに降りてくる人も結構いる。特に日本人は筆記のテストの結果はいいらしい。たまたまその雑談時に聞く機会があったので「Advanced Highの次はどうなるの?」聞いてみたら、「Advanced Highの次は卒業よ」と言われてしまった....。そうだったのか、ずっとそこにいられるわけないのか...。考えてみればWaitingの人がいるから卒業があって当然なのだけど。ということは、私のように1年しか滞在できない者にとっては、Lowからはじめて文法の混乱しているところをやりなおし、うまくいけば次の期でHighにあがって実践、というのは理想的なのだな。


日本人の海外駐在の奥様が多いESLだが、昔は企業によっては婦人会というのがあったらしい。いわゆる先輩奥様の会で、ダンナは3日目ぐらいにはさっさと会社に行っちゃうので、残される奥様は知らない土地で、運転もおぼつかないしお買い物も心もとない...となる。そういう人が独り立ちできるまでつきあってくれるという役割で、ちゃんと担当の順番も決まっていたりしたそうだ。でもそれもずいぶん前になくなったとか。というのは、若い人から「そういうのはうざったい」というクレームが出てきたからだそうだ。今はWebで調べれば何でもわかる時代である。でも付き合いが面倒だからと人のつながりまで切ってしまっていいものなのだろうか?
なにまんと話をしてみる。昔の日本は団体の強みがあったような気がする。個人として尊重すべきところとのバランスをとるのが実はとても大事なんだろうなぁ、と。最近の学生さんたちを見ていてもどうもバランスが悪いのでは、と思うこともしばしばらしい。学歴社会で、他人を蹴落とす(?)ことに必死にならされてきたところもあったのだろうか。なんだか難しいけど、とにかく、個人として相手を尊重すること、必要な手助けすること、お互いの関係を楽しむこと。協調性は実はと〜〜〜っても大事だと思う。


そういえば、Highのクラスで「ダンナは家では何もお手伝いしてくれないのよねー」という話で盛り上がったらしい。先生自ら「そうなのよー、うちも家で料理をしている間、彼は新聞読んでテレビみて、もう腹がたつのよー」ということだったそうだ。「アメリカでもそうなのか、いやぁみんな一緒だねー」と盛り上がる中、中国人は別で、ダンナはよく厨房にも入るし手伝いもするようだということが判明したらしい。で、ダンナが厨房に入らない場合は奥方も入らず、そういう場合は外食がほとんど、というお国柄らしい。となりの中国町を見てるとよくわかる.....おもしろい....。